社会的ベースライン理論とは?「誰かがいること」と負担の心理学

問題そのものは変わっていないのに、信頼できる人がそばにいると、少し取り組みやすく感じる。そんな経験を、心理学ではどのように考えるのでしょうか。

社会的ベースライン理論(Social Baseline Theory:SBT)は、人が周囲の支えを利用できることを、脳や行動の働きを考える基本的な条件として捉える理論です。

「恋人がいなければ不十分」という話ではありません。恋人、友人、家族などとの関わりが、リスクや必要な努力の見積もりにどう関わるかを考える視点です。

「一人で対処する」が、いつでも出発点とは限らない

人の能力を考えるとき、「まず一人で頑張り、足りない分を他人に助けてもらう」と想像することがあります。社会的ベースライン理論は、他者とのつながりを、人が利用する通常の資源として捉えます。

CoanとSbarra(2015)のレビューでは、社会的な関係を利用できるという見込みが、リスクや、目標に向かうための努力を小さくする可能性が説明されています。

二人なら情報を分けて持てる、困ったときに相談できる、といったことを考えると、行動を一人だけの資源で理解しきれないという見方につながります。ただし、何人そばにいれば十分かを決める理論ではありません。

理論のレビュー:Coan & Sbarra(2015), Current Opinion in Psychology

手をつなぐ実験では、何を調べた?

Coanら(2017)は、110人の参加者が、よく知る相手と手をつなぐ、知らない人と手をつなぐ、一人でいる、という条件で、電気刺激の可能性を知らせる合図への反応を調べました。脳の活動はfMRIで測定しています。

よく知る相手には、配偶者、同棲相手、交際相手、友人が含まれていました。よく知る相手との手つなぎでは、主観的なつらさや、脅威に関わる一部の脳活動の低下が示されました。一方、知らない人との手つなぎには、同じ調整効果は確認されませんでした。

また、この研究では、結婚・同棲・交際・友人といった関係の区分によって、よく知る相手との手つなぎの効果が異なるという証拠は見られませんでした。

原著:Coan et al.(2017), Social Cognitive and Affective Neuroscience

「愛情が測れた」「誰でも触れれば安心」とは違う

測ったのは、特定の実験課題での反応です。脳の活動から愛情の強さを採点したり、二人の将来の相性を判定したりすることはできません。脳活動が小さいこと自体を、あらゆる場面で良いこととみなす必要もありません。

参加者の年齢は23~26歳で、異性のよく知る相手を伴っていました。すべての年代、関係、日常のストレスに同じ結果が出るとまでは言えません。

研究が示す可能性と、目の前の人が今どう感じるかは、分けて確かめる必要があります。

恋愛で考えるなら、「助けが使える状態」に目を向ける

この理論を日常に持ち込むなら、手つなぎを増やす回数表を作るより、「困ったとき、どんな助けなら使いやすいか」を具体的にする視点があります。以下は実験で効果を検証した方法ではなく、相談の例です。

  • 「明日の準備が不安だから、最後に確認するところだけ一緒に見てもらえる?」
  • 「今は答えを出せないけれど、少しそばにいてほしい」
  • 「話を聞く時間なら取れる。手続きのことは詳しい人にも相談しよう」

相手が何でも代わりにやる必要はありません。自分で進めたい部分と、支えてほしい部分を分けられます。頼れることと自律的な行動の関係は、依存の逆説の記事でも説明しています。

「そばにいてほしい」と「一人にしてほしい」は、どちらも確認できる

同じ人でも、落ち着くために誰かと話したい日と、静かに過ごしたい日があります。「理論では人がいる方がよい」と、本人の希望を上書きしないでください。

「今は一緒にいた方が助かる? それとも少し一人で休みたい?」と尋ねれば、推測を事実にせず確認できます。

相手が一人を選んだことだけで、信頼や愛情がないと判断することもできません。疲れ、刺激の多さ、考えを整理する必要など、その場の事情があるかもしれません。

触れ合いは、相手の同意と心地よさが前提

手をつなぐ研究があっても、触れられたくないときに応じる義務はありません。「手をつないでもいい?」「今は触れずに話を聞いてほしい」といった確認を大切にしてください。

人前での触れ合いが苦手、体調の都合がある、今は気分が向かないなど、希望にはさまざまな理由があります。断られたときに、愛情を疑って責めるための研究ではありません。

恋人だけを、すべての支えにしない

この理論は、人のつながりを恋愛だけに限定しません。恋人がいてもいなくても、友人や家族、身近な人、必要な相談先など、支えを持つことを考えられます。

一人の相手がいつでも応じられるとは限らないため、「支える人」と「支えられる人」を固定しないことも必要です。忙しいときには範囲を伝え、別の助けを考えられます。

また、誰かと一緒にいること自体が負担になる関係もあります。侮辱や強制がある場合に、「社会的なつながりが大事だから」と無理に近づき続ける必要はありません。

まとめ

社会的ベースライン理論は、人が利用できる社会的な資源を、負担やリスクへの反応を理解する手がかりにします。支えを求めることを、弱さと決めつけない視点にもなります。

一方で、特定の接触をすれば安心できるという保証ではありません。相手の同意、今必要な助け、一人で過ごす希望も含め、使いやすい支え方を確かめてみてください。

参考文献

Coan, J. A., & Sbarra, D. A.(2015). Social baseline theory: The social regulation of risk and effort. Current Opinion in Psychology, 1, 87–91. doi:10.1016/j.copsyc.2014.12.021

Coan, J. A., Beckes, L., Gonzalez, M. Z., Maresh, E. L., Brown, C. L., & Hasselmo, K.(2017). Relationship status and perceived support in the social regulation of neural responses to threat. Social Cognitive and Affective Neuroscience, 12(10), 1574–1583. doi:10.1093/scan/nsx091

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